平安末期から鎌倉初期に活躍した武士で、鎌倉幕府の御家人。源頼朝に従い、治承5年(1181年)には弓術の達人として寝所の警備役を任じられる。元暦元年(1184年)の平氏追討や、文治5年(1189年)の奥州合戦では源範頼軍に属して活躍。建久元年(1190年)には従五位下左兵衛尉に任じられた。正治元年(1199年)には梶原景時を弾劾する御家人66名の一員となり、元久2年(1205年)には畠山重忠と戦う。建暦3年(1213年)には和田合戦の端緒を開き、承久3年(1221年)の承久の乱では北条泰時らの軍に属して戦う。安貞元年(1228年)、常陸大掾職奪取の計画は幕府に退けられた。
主な祖先
小田知重の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















