系譜で辿る日本史

選択中の人物

鬼庭綱元おににわつなもと

(茂庭綱元)

鬼庭綱元

伊達家重臣

氏族鬼庭氏
生没1549年 - 1640年
位階
官職
幕府職

安土桃山時代から江戸時代にかけて、仙台藩主伊達家の重臣として活躍。天正3年(1575年)、父の隠居により家督を相続し、川井城主となる。人取橋の戦いでは父が討死した後、奉行職に任命され、所領を5,000石に加増される。奥州仕置により沼辺城主となり、葛西大崎一揆の際には豊臣秀吉への弁明のため京に派遣される。秀吉の命で姓を茂庭に改めるが、文禄4年(1595年)、伊達政宗の命で隠居に追い込まれる。徳川家康からの誘いを受けるが破談となり、後に伊達家に復帰する。関ヶ原の戦いや大坂の陣などで活躍し、最終的には隠居し洞泉院を創建、寛永17年(1640年)に92歳で死去。

更新
主な祖先

鬼庭綱元の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫