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柳生俊則やぎゅうとしのり

柳生俊則

江戸中期の大名

氏族称・清和源氏義光流
生没1730年 - 1816年
位階従五位下
官職 采女正 能登守 但馬守
幕府職大和柳生藩主

江戸時代中期から後期にかけての大名で、大和国柳生藩の8代藩主を務めた。蝦夷地松前藩主の次男として生まれ、延享4年(1747年)に9代将軍・徳川家重に御目見する。宝暦3年(1753年)に先代藩主の娘と結婚し、婿養子となる。同年、再び家重に御目見し、宝暦13年(1763年)に藩主を継承。天明8年(1788年)、11代将軍・徳川家斉の剣術指南役を務めた。文化4年(1807年)に養嗣子へ家督を譲り隠居、文化13年(1816年)に87歳で死去した。墓所は東京都練馬区桜台の広徳寺と奈良県奈良市柳生町の芳徳寺にある。

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