系譜で辿る日本史

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崇法院すうほういん

崇法院

加藤忠広・室

氏族藤原北家秀郷流
生没1602年 - 1656年
位階
官職
幕府職

加藤忠広の正室である崇法院は、慶長18年(1613年)に伯父・徳川秀忠の養女となり、翌年に加藤忠広に嫁いだ。彼女は会津藩主蒲生秀行の娘で、母は徳川家康の三女・振姫。夫が寛永9年(1632年)に改易された際、出羽国への配流には同行せず京都での生活を選んだ。2年後には実家の伊予松山藩蒲生家も改易され、家族の運命が大きく変わる中で京都にて過ごした。明暦2年(1656年)に55歳で死去し、京都の本圀寺に葬られた。

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