系譜で辿る日本史

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黒田利則くろだとしのり

黒田利則

黒田八虎の一人

氏族称・宇多源氏佐々木氏流
生没1561年 - 1612年
位階
官職
幕府職

戦国時代から江戸時代前期にかけて活動した武将。永禄4年(1561年)に播磨国姫路で生まれ、天正5年(1577年)から羽柴秀吉に仕えた。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いで功績を挙げ、後に羽柴秀長に転仕。天正15年(1587年)には九州平定に参加し、キリシタンの洗礼を受けた。兄の孝高が豊前国を治めると2,000石を与えられ、文禄元年(1592年)の文禄の役では侍大将として従軍。関ヶ原の戦いでは中津城を守備し、後に福岡藩で1万2,000石に加増された。慶長17年(1612年)に52歳で死去。孝高の肖像画を崇福寺に奉納し、法名は宗源院殿華翁養心大居士。嫡男と孫が早世し家系は断絶した。

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黒田利則の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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