戦国時代から安土桃山時代の武将で、播磨国の小寺政職に仕えた。天文12年(1543年)に敵対者を討ち、天文14年(1545年)には家老に昇進し、小寺姓を得る。百間長屋を建てて社会弱者を支援し、情報収集にも利用した。永禄10年(1567年)に家督を子に譲り隠居。孝高の不在時には代わりに黒田家を指導し、織田信長に忠誠を示した。天正13年(1585年)に62歳で死去し、墓所は姫路市指定文化財となっている。福岡市の光雲神社でも祀られている。
主な祖先
黒田職隆の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











