筑前福岡藩の第3代藩主として藩政改革に尽力。財政が窮乏する中、倹約令を発し、藩の立て直しを図った。儒学者・貝原益軒を再び召抱え、黒田家の歴史をまとめた『黒田家譜』を編纂させた。新たな家老として鎌田昌勝や立花重根を登用し、藩内の重臣を刷新。朝鮮通信使の接待を担当し、国際関係にも関与した。密貿易問題が発覚すると、御用商人を処分し、幕府の嫌疑を回避。晩年には嫡男の廃嫡に伴う藩内の混乱や、綱政との対立に直面した。観世音寺と戒壇院の再興を進め、文化の発展にも寄与した。また「鶏卵素麺」を藩の御用菓子として認め、全国に広めた。高野山真言宗を信仰し、死後もその影響を残した。
主な祖先
黒田光之の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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