江戸時代前期から中期にかけての筑前国福岡藩の世子。天和2年(1682年)に江戸で生まれ、元禄4年(1691年)には将軍・徳川綱吉に御目見得する。元禄9年(1696年)に元服し、松平姓と綱吉の偏諱を受け吉之に改名。従四位下大隅守に叙任。宝永2年(1705年)に本多忠常の養女と結婚。同年には初めて福岡に入り、父と長崎へ赴く。宝永7年(1710年)、父に先立ち29歳で死去。法号は範雄道洪乾光院。墓は広尾祥雲寺にあり、福岡市美術館に遺物が所蔵されている。弟・守山政則が嫡子となる。
主な祖先
黒田吉之の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















