信濃小笠原氏の当主であり、鎌倉時代後期から室町時代前期にかけて活躍した武将。元弘の乱では新田義貞に従い、足利尊氏らと共に後醍醐天皇の討幕運動を鎮圧。鎌倉幕府が崩壊すると足利尊氏に従い、信濃守護に任ぜられる。以後、一貫して北朝側の武将として各地を転戦し、信濃府中に勢力を拡大。小笠原流礼法の中興の祖としても知られ、弓馬術に礼式を加えた「糾法」を確立。晩年には「三義一統」を著し、武家礼節の書として後世に影響を与えた。京都で没し、享年56。
主な祖先
小笠原貞宗の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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