筑前秋月藩の第9代藩主。江戸新堀の藩邸で生まれ、文化4年(1807年)に将軍徳川家斉に御目見し、従五位下・壱岐守に叙任される。文化5年(1808年)、父の死去により藩主となる。宗家福岡藩の藩主・黒田斉清が若年であったため、補佐役を務め長崎警備を担当。しかし、家臣団を統率できずに間小四郎らに専権を振るわれ、不正を許したため、逆に福岡藩から監督を受けた。文政13年(1830年)、婿養子の長元に家督を譲り隠居。隠居後は兵庫頭を名乗り、天保3年(1832年)には韶翁と号した。天保11年(1840年)に秋月で死去。
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黒田長韶の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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