寿桂尼は戦国時代の女性で、駿河国の戦国大名・今川氏親の正室として知られる。夫の死後、剃髪して大方殿と称され、今川氏の政務を補佐した。永正2年(1505年)に氏親に嫁ぎ、複数の子をもうける。大永6年(1526年)には今川氏の分国法『今川仮名目録』の作成に関与したとされる。氏輝、義元、氏真の代にも政務に関与し、「尼御台」と呼ばれた。永禄11年(1568年)に没し、今川館近くの龍雲寺に埋葬された。彼女の死後、今川氏と武田氏の関係は悪化し、今川氏は滅亡に向かった。墓所は静岡市の龍雲寺にあるが、どれが寿桂尼の墓かは明確ではない。





















