系譜で辿る日本史

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松平忠敬まつだいらただのり

松平忠敬

武蔵国忍藩第5代(最後)の藩主

奥平松平家13代

従三位

氏族藤原北家勧修寺流
生没1855年 - 1919年
位階
官職
幕府職

武蔵国忍藩の最後の藩主である。安政2年(1855年)に米沢藩主の六男として生まれ、明治2年(1869年)に養嗣子として家督を継ぎ知藩事となった。廃藩置県後は東京に移り、明治政府の許可を得てイギリス留学を行う。帰国後は金融業に関与し、第三十二国立銀行の大口株主となるが、貸付金未返済の問題で訴訟に巻き込まれる。明治17年(1884年)に滋賀県御用掛となり、同年に子爵に叙せられる。後に米沢で中学校教師を務め、晩年は東京で過ごし、1919年に65歳で死去した。墓所は東京都台東区谷中の天眼寺にある。

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