江戸時代前期の高家旗本である吉良義冬は、慶長12年(1607年)に生まれる。元和3年(1617年)、11歳で将軍徳川秀忠に拝謁し、寛永3年(1626年)に従五位下・侍従に叙任され若狭守を称する。寛永20年(1643年)、吉良家を相続し、石高4000石を知行。正保元年(1644年)、徳川家光に『伊勢物語』を献上し、家綱には画巻を献上。正保2年(1645年)、従四位下に昇進し、慶安4年(1651年)には左近衛少将に任じられる。寛文8年(1668年)に62歳で死去。家督は長男の義央が継いだが、赤穂事件により吉良家は断絶。義冬の次男・三男は別家を立て旗本となり、「東条」を称した。
主な祖先
吉良義冬の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















