江戸時代前期に活躍した旗本。吉良氏の分家として東条家を興し、酒井忠吉の娘を母に持つ。寛文元年(1661年)、徳川家綱に中奥小姓として仕える。寛文5年(1665年)には従五位下・因幡守に叙任。元禄7年(1694年)、勤務怠慢で小普請となるが、後に赦免。元禄10年(1697年)、武蔵国に500石を領し、宝永6年(1709年)に没。実子がなく、養子を迎え家を継がせる。吉良家は赤穂事件で断絶したが、享保17年(1732年)、東条家からの養子が吉良姓を復姓し、家名を再興した。
主な祖先
東条義叔の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











