江戸時代初期の旗本で、吉良氏の一族として荒川家を興す。慶長4年(1599年)に生まれ、元和5年(1619年)に徳川秀忠に初めて御目見する。元和9年(1623年)に書院番士となり、三河で500石を賜る。寛永3年(1626年)には秀忠の上洛に随行。寛永10年(1633年)に武蔵で200石加増し、寛永13年(1636年)には書院番組頭となり、布衣の着用が許される。慶安3年(1650年)に書院番頭に就任し、翌年には従五位下山城守に叙任、1700石を知行する。明暦2年(1656年)に58歳で死去し、江戸市谷の万昌院に葬られる。
主な祖先
荒川定安の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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