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筑後柳河藩の第2代藩主
立花忠茂は江戸時代前期の大名で、筑後柳河藩の第2代藩主。幼くして伯父の養嗣子となり、元和8年(1622年)に元服すると徳川秀忠から偏諱を授かり忠茂と改名。寛永6年(1629年)頃から藩政を担当し、寛永14年(1637年)の島原の乱では戦闘に参加し実績を残した。寛永15年(1638年)に正式に藩主として家督を継ぎ、藩政の安定に尽力。晩年は隠居し、延宝3年(1675年)に64歳で没した。江戸小石川の徳雲寺に葬られた。
菊池武政
12親等祖先
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14親等祖先
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