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立花忠茂たちばなただしげ

立花忠茂

筑後柳河藩の第2代藩主

氏族藤原北家利仁流大友氏庶流立花氏
生没1612年 - 1675年
位階従四位下
官職 侍従 飛騨守
幕府職

立花忠茂は江戸時代前期の大名で、筑後柳河藩の第2代藩主。幼くして伯父の養嗣子となり、元和8年(1622年)に元服すると徳川秀忠から偏諱を授かり忠茂と改名。寛永6年(1629年)頃から藩政を担当し、寛永14年(1637年)の島原の乱では戦闘に参加し実績を残した。寛永15年(1638年)に正式に藩主として家督を継ぎ、藩政の安定に尽力。晩年は隠居し、延宝3年(1675年)に64歳で没した。江戸小石川の徳雲寺に葬られた。

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主な祖先

菊池武政

12親等祖先

菊池武朝

11親等祖先

菊池武時

14親等祖先

佐原義連

16親等祖先

菊池持朝

9親等祖先

菊池兼朝

10親等祖先

大友親著

8親等祖先

三浦義明

17親等祖先

立花忠茂の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

河鰭実文

8親等子孫

立花鑑備

7親等子孫

市橋長和

7親等子孫

季子女王

10親等子孫

稲葉久通

10親等子孫

相良頼基

8親等子孫

徳大寺実厚

10親等子孫

華子女王

10親等子孫