応永16年(1409年)生まれの菊池持朝は、室町時代の武将で菊池氏第19代当主。肥後守に任ぜられ、足利将軍家から偏諱を受けて持武、後に持朝と改名。室町幕府に仕え、足利義教の重臣として活動。永享2年(1431年)に父・兼朝を追放し家督を継ぐ。動乱の九州で幕府方として大内氏と連携し、少弐氏や大友氏と対立。永享5年(1434年)には筑後守護職を得るが、大友氏討伐に失敗。弟・忠親を自殺に追い込み、一族の統制を強化。子の為光を宇土城主に送り込み、勢力拡大を図るも、文安3年(1446年)に38歳で病死。跡を嫡男の為邦が継いだ。
主な祖先
菊池持朝の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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