南北朝時代の武将で、菊池氏の第16代当主。父と共に九州で北朝勢力と戦い、筑後川の戦いに参加。建徳2年/応安4年(1371年)、高崎山城を攻撃するも敗北し、大宰府から高良山に退却。父の死後、家督を継いだが勢力は衰退し、阿蘇惟武に援軍を求める状況に。文中3年/応安7年(1374年)、戦傷がもとで33歳で病没。熊本県菊池市正観寺に葬られ、子の武朝が後を継ぐ。明治44年(1911年)、従三位を追贈された。菊池城は彼が築城したとされる。
主な祖先
菊池武政の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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