平安時代末期の武将、肥後国で海陸の党類を束ねる一国総梁的存在だった。日宋貿易の拡大による平家の九州支配に反発し、治承4年(1180年)に鎮西反乱を起こす。平家は鎮西に兵を送る余裕がなく、赦免を決定。治承5年(1181年)に討伐宣旨が出されるが、根本的な追討は行われず。寿永元年(1182年)には平家に降伏し、壇ノ浦の戦いでは平家方で戦うが敗北。源義経に投降後、長年敵対していた緒方惟栄の要請で義経から惟栄に身柄を引き渡され、斬首されたとされる。
主な祖先
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