系譜で辿る日本史

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細川興徳ほそかわおきのり

細川興徳

谷田部藩細川家7代当主

氏族清和源氏義国流細川氏
生没1759年 - 1837年
位階従五位下
官職 長門守
幕府職常陸谷田部藩主

江戸屋敷が3度焼失する不幸に見舞われ、天保4年(1833年)には年貢減免を求める百姓一揆が起こるなどして藩財政は悪化し、これらの対処による支出などで13万両の借金を抱えたといわれる。このため二宮尊徳の尊徳仕法と藩医・中村勧農衛を中心とする藩政改革が行なわれるが、保守派などの反対もあって改革はうまく進まず、その最中の天保8年(1837年)に死去した。

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