安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将である。永禄12年(1569年)、信濃守護小笠原氏の末裔として生まれた。天正10年(1582年)の本能寺の変後、父が徳川家康に仕えるため、人質として送られたが、後に豊臣秀吉に仕える。秀吉から偏諱を受け、秀政と名乗り、天正17年(1589年)に家督を継ぐ。小田原征伐での功績で下総国古河に3万石を与えられ、関ヶ原の戦いでは東軍に属し、宇都宮城守備で功を立て、信濃国飯田に移封された。大坂の陣では忠脩と共に出陣し、戦傷により47歳で死去した。跡を次男の忠真が継いだ。





















