系譜で辿る日本史

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小笠原忠知おがさわらただとも

小笠原忠知

忠知系小笠原家初代当主

氏族清和源氏義光流
生没1599年 - 1663年
位階従五位下
官職 壱岐守
幕府職豊後杵築藩主 三河吉田藩主

江戸時代前期の旗本・大名である。信濃高井郡に5000石を与えられ旗本となり、後に豊後国杵築藩主として4万石を領した。寛永14年(1637年)の島原の乱に出陣し功績を挙げる。正保2年(1645年)には三河吉田藩に加増移封され、藩政では植林政策を推進。茶道にも関心が深く、千宗旦四天王の一人である山田宗徧を家臣として迎え入れる。寛文3年(1663年)に65歳で死去。墓所は豊橋市の臨済寺にある。

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