江戸時代中期の大名である。出羽国亀田藩の5代藩主を務める。享保3年(1718年)、先代藩主・岩城秀隆の末期養子として家督を継承し、同年に江戸幕府8代将軍・徳川吉宗に謁見する。享保6年(1721年)に従五位下・但馬守に叙位され、後に河内守に転任。朱子学を室鳩巣に学び、亀田藩学の基礎を築く。文化人として国学や和歌、書道に優れた。延享2年(1745年)に亀田で没し、享年38であった。跡は伊達家一門の岩谷堂伊達家出身の隆恭が継いだ。
主な祖先
岩城隆韶の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











