系譜で辿る日本史

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細川斉護ほそかわなりもり

(細川立政)

細川斉護

肥後細川家11代当主

氏族清和源氏義国流細川氏
生没1804年 - 1860年
位階従四位下
官職 中務少輔 越中守 左近衛権中将
幕府職肥後宇土藩主 肥後熊本藩主

当時はアメリカやイギリスなどが日本に接近する情勢の中、幕府から天草地方や相模湾警備を命じられ、その出費により藩の財政悪化が進んだ。このため、斉護は藩政改革に取りかかるが、その方針をめぐり改革派と保守派が対立し、かえって藩内が二分されることとなった。

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酒井忠次

9親等祖先

於大の方

10親等祖先

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9親等祖先

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朝日殿

10親等祖先

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14親等祖先

織田長益

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織田信秀

10親等祖先

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