安土桃山時代から江戸時代前期にかけて活躍した武将。元亀2年(1571年)に生まれ、石山合戦での父の恩に報いるため、黒田孝高に養子として迎えられる。天正12年(1584年)、岸和田の戦いで初陣を果たし、その後も四国征伐や九州平定で功績を挙げる。関ヶ原の戦いでは石田三成の重臣を討ち取り、長政の下で戦功を立てた。筑前国に入国後、下座郡で1万2千石を与えられ、三奈木黒田家を築く。寛永14年(1637年)の島原の乱では幕府軍の軍議に参加。寛永20年(1643年)に隠居し、明暦2年(1656年)に86歳で死去。彼の家系は福岡藩で大老職を世襲し、明治時代に華族となる。











