系譜で辿る日本史

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山口弘達やまぐちひろよし

山口弘達

常陸牛久藩の第12代(最後)の藩主

氏族多々良姓大内氏庶流山口氏
生没1860年 - 1932年
位階従二位
官職 周防守
幕府職

常陸牛久藩の第12代藩主であり、後に子爵に叙された。万延元年(1860年)に生まれ、文久2年(1862年)に3歳で家督を継ぐ。慶応4年(1868年)、戊辰戦争では新政府に協力し、龍ヶ崎や水海道へ出兵。明治2年(1869年)の版籍奉還で知藩事となり、廃藩置県後も一時的に牛久県知事を務めた。明治5年(1872年)、旧藩の債務を私債として引き受け、明治17年(1884年)に子爵となる。学習院教授を経て、明治23年(1890年)に貴族院議員に選出され、5期務める。昭和7年(1932年)、73歳で死去。

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山口重政

7親等祖先

大内盛見

13親等祖先

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