土御門泰福は、江戸時代前期から中期にかけて活躍した公卿であり、陰陽師としても知られる。泰重の後継者として家督を継ぎ、陰陽頭を巡る争いを経て天和2年(1682年)に陰陽頭に就任した。貞享元年(1684年)の改暦では渋川春海の貞享暦の実施を推進する役割を担った。元禄2年(1699年)には土御門家を陰陽道の宗家として位置づけ、影響力を強化した。また、山崎闇斎からの影響を受けて土御門神道を創始し、陰陽道と神道を組み合わせた独自の理論を打ち立てた。享保2年(1717年)に63歳で没し、京都市左京区真如堂に埋葬された。






