系譜で辿る日本史

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蒲生忠郷がもうたださと

蒲生忠郷

蒲生氏21代当主

氏族藤原北家秀郷流
生没1602年 - 1627年
位階従三位
官職 参議
幕府職陸奥会津藩主

慶長17年(1612年)、11歳で会津藩主となり、松平姓と徳川秀忠の偏諱を受け松平忠郷と称する。未成年のため母の後見を受けるが、重臣たちの対立が続き、政務は混乱。元和元年(1615年)、母が再婚し家を離れる。大坂の陣では江戸留守居を命じられ、広島藩や山形藩の改易にも関与。寛永3年(1626年)、後水尾天皇の行幸に伴う上洛で正四位下参議。寛永4年(1627年)、疱瘡で26歳で死去。嫡子がなく、弟の忠知が後を継ぐが、最終的に蒲生氏は無嗣断絶となる。

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