系譜で辿る日本史

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織田秀親おだひでちか

織田秀親

尚長流織田家4代当主

氏族称・桓武平氏資盛流
生没1662年 - 1709年
位階
官職
幕府職大和柳本藩主

織田秀親は、江戸時代前期から中期にかけての大名で、大和国柳本藩の4代藩主を務めた。寛文13年(1673年)に4代将軍・徳川家綱に御目見し、貞享4年(1687年)に家督を継いだ。元禄元年(1688年)には数寄屋橋門番を命じられ、元禄16年(1703年)には駿府加番となる。宝永6年(1709年)、前将軍徳川綱吉の葬儀では朝廷からの使者の御馳走役を務めたものの、同役の前田利昌との対立が原因で彼に殺害された。享年48であった。秀親は体格に優れ、武芸にも秀でていたとされる。墓所は祥雲寺にあり、法号は祥光院殿椿岑宗久大居士。弟の成純が家督を継いだ。

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