系譜で辿る日本史

畠山義堯

畠山氏総州家4代当主

室町幕府管領

氏族清和源氏足利氏庶流畠山氏
生没??? - 1532年
位階従四位下
官職右衛門督 上総介
幕府職室町幕府管領

畠山 義堯(はたけやま よしたか)は、室町幕府管領。畠山総州家第4代当主。
父の代には細川京兆家と友好関係にあったが、義堯は阿波国の細川澄元の娘を子・義堯の妻に迎えて関係を強化した。のちに澄元の子・晴元が擁する足利義維政権が成立すると、義堯も傘下に入り上洛する。享禄4年(1531年)の大物崩れでも晴元方で活躍。しかし戦後、将軍の処遇を巡って細川晴元と対立。享禄5年(1532年)、晴元方の木沢長政との戦いの中、長政の支援に現れた一向一揆に敗れて自刃した(飯盛城の戦い)。

配偶者
主な祖先

足利義兼

13親等祖先

源師房

19親等祖先

北条時政

13親等祖先

源頼信

18親等祖先

源頼義

17親等祖先

主な子孫

男系子孫のみ表示

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