系譜で辿る日本史

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藤原孝範ふじわらのたかのり

藤原孝範

鎌倉前期の貴族

氏族藤原北家
生没???年 - ???年
位階正四位下
官職 大学頭
幕府職

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した貴族。藤原南家貞嗣流の養子で、正四位下・大学頭を務めた。文治3年(1187年)には九条兼実から「名誉の士」と称賛され、その後も上西門院判官代や大内記、文章博士、越前守などを歴任。年号勘申にも関与し、漢詩に優れた文人として多くの願文を草した。晩年の貞永元年(1232年)に出家し、法名を寂尋とする。76歳で没し、著作には『柱史抄』『明文抄』『秀句抄』がある。詩文は『和漢兼作集』『鳩嶺集』『本朝文集』に残る。

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