江戸時代中期の武士である。享保6年(1721年)に生まれ、享保10年(1725年)に元服。家督を継いでいた異母兄の偏諱を受け盛泰と称し、仙台藩5代藩主・伊達吉村に謁見する。元文元年(1736年)、兄の死を受け家督を継ぎ、吉村から偏諱を賜り村胤と改名。元文2年(1737年)、吉村の子・宗村と意気投合し猿楽や狩猟を共に楽しむ。元文3年(1738年)、伊達村成の娘と結婚。寛保3年(1743年)、宗家の家督交代時に太刀・馬代を献じる。宝暦3年(1753年)、子がなかったため藩主の四男を養子に迎える。宝暦9年(1759年)、天然痘で39歳で病死。











