伊達宗敏は江戸時代前期の武士で、仙台藩一門第八席の岩出山伊達家第2代当主である。寛永15年(1639年)に父の死去に伴い家督を継ぎ、元服して藩主・伊達忠宗から偏諱を受け宗敏と名乗る。忠宗の方針で国許に戻り、居城・岩出山城の整備を進めた。万治3年(1660年)、仙台藩の重臣たちと共に酒乱の第3代藩主・綱宗の隠居を幕府に申し出たことで、伊達騒動に関与。寛文11年(1671年)には宗勝の家族を預かる。延宝5年(1677年)に隠居し、翌年に54歳で没した。遺言により祥光寺に埋葬された。
主な祖先
伊達宗敏の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















