江戸時代中期の仙台藩の武士で、川崎伊達家2代当主。幼名は大次郎。始めは親倫と名乗っていたが、仙台藩主・伊達吉村から「中村」の姓と偏諱を与えられ中村村高と改名。享保16年(1731年)、義兄の隠居に伴い川崎伊達家の家督を継ぎ、村敏と改名。寛延4年(1751年)、天文学者・佐竹義根の門弟となり、暦にない日食を推算。家格の釣り合いに関する相談に強く反対し、伊達宗家からの養子を提案。宝暦3年(1753年)に41歳で死去。嫡男・村煕が家督を継ぐ。
主な祖先
伊達村敏の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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