安土桃山時代の武士である足利国朝は、元亀3年(1572年)に生まれ、豊臣秀吉から下野国喜連川に領地を与えられた。秀吉は、古河公方の娘・氏姫との結婚を命じ、関東公方の権威を利用しようとした。国朝は秀吉の命令に従い、喜連川に居住したが、氏姫との間に子は生まれなかった。文禄元年(1592年)には鑁阿寺の中御堂を再建するが、翌年、文禄の役に従軍中に安芸国で病死した。享年22。国朝の死後、氏姫は国朝の弟と再婚し、これにより古河公方と小弓公方の家系が統合され、喜連川家が成立した。国朝は喜連川の璉光院に葬られた。











