雲松院は享保2年(1717年)に生まれ、徳川吉宗の養女として将軍家に入る。享保20年(1735年)、仙台藩主伊達宗村と婚約し、同年に婚礼を挙げる。元文4年(1739年)に娘の源姫を出産し、源姫は後に佐賀藩主鍋島重茂の正室となる。寛保3年(1743年)、夫の宗村が仙台藩主を継ぐと、雲松院も仙台藩の奥方としての役割を担う。延享2年(1745年)、2番目の女児を出産するが夭折し、同年に雲松院も亡くなる。墓所は大年寺にあり、戒名は雲松院殿梅月浄馨大姉。将軍家の養女として、幕府から多くの官吏や役人が派遣され、特別な待遇を受けた。







