系譜で辿る日本史

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内藤学文ないとうさとふみ

内藤学文

挙母藩内藤家6代当主

氏族三河松平氏
生没1751年 - 1794年
位階従五位下
官職 右近将監 丹波守 山城守
幕府職

江戸時代中期の大名である。挙母藩の第2代藩主として、明和3年(1766年)に家督を継ぐ。藩は財政難や家臣団の対立、大雨や矢作川の洪水被害に苦しむ中、矢作川の改修や安永川の開削に尽力。安永5年(1776年)には大坂加番を務める。天明5年(1785年)に挙母城を完成させ、天明7年(1787年)には藩校・崇化館を創設し、学問の振興に努めた。特に儒学に理解を示し、質素倹約や孝行を重視。寛政6年(1794年)に江戸で死去し、跡を養子の政峻が継いだ。享年44。

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