系譜で辿る日本史

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池田昌豊いけだまさとよ

池田昌豊

蜂須賀山城家10代

氏族称・清和源氏斯波氏流
生没1822年 - 1898年
位階
官職
幕府職

文政5年(1822年)生まれの池田昌豊は、徳島藩の仕置家老であった。天保13年(1842年)に家督を継ぎ、藩仕置方として5000石の禄高を得る。藩主蜂須賀斉昌から偏諱を受け、名を昌豊と改めた。以降、斉裕、茂韶と続く藩主に仕え、混乱する藩論を勤皇に統一する。文久2年(1862年)には、蟄居中の志摩利右衛門の復帰を取り計らう。慶応3年(1867年)に隠居し、明治10年(1877年)の西南戦争では壮兵1500人を組織し、政府からの賞を受けた。明治31年(1898年)に77歳で没。

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