系譜で辿る日本史

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保科正丕ほしなまさもと

保科正丕

保科氏19代当主

氏族称・清和源氏井上氏流
生没1801年 - 1848年
位階従五位下
官職 弾正忠 能登守
幕府職上総飯野藩主

江戸で生まれるが、生来から病弱であったため、父・正徳は出生届を遅らせた。享和3年(1803年)に世子として認められ、文化14年(1817年)に家督を継ぐ。従五位下、弾正忠に叙位・任官し、日光祭礼奉行や大坂加番などを歴任。弘化2年(1845年)には外国船見張番所を設置し、翌年には浦賀の警備を担当する。嘉永元年(1848年)、大坂で病を得て死去。三男の正益が跡を継いだ。

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11親等祖先

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6親等祖先

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伊勢貞国

15親等祖先

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石田三成

9親等祖先

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8親等祖先

寿桂尼

12親等祖先

西園寺公経

20親等祖先

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