系譜で辿る日本史

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保科正益ほしなまさあり

保科正益

保科氏20代当主

氏族称・清和源氏井上氏流
生没1833年 - 1888年
位階従五位下
官職 弾正忠
幕府職上総飯野藩主

江戸時代末期、上総飯野藩の第10代藩主として活躍。病弱だったため出生届が遅れたが、兄たちの早世により藩主となる。嘉永6年(1853年)のペリー来航時には浦賀の警備を担当。慶応2年(1866年)には若年寄に任じられ、第2次長州征伐で活躍した。戊辰戦争では新政府に恭順し、藩の家臣を処刑して罪を許された。明治2年(1869年)には飯野藩知事、明治4年(1871年)の廃藩置県で免職。1884年に子爵を叙爵され、明治21年(1888年)に56歳で死去。

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主な祖先

保科正貞

8親等祖先

大浦光信

13親等祖先

北条早雲

14親等祖先

今川氏真

11親等祖先

大井の方

13親等祖先

石田正継

11親等祖先

寿桂尼

13親等祖先

於大の方

10親等祖先

津軽信義

8親等祖先

北条氏綱

13親等祖先

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