室町時代後期から戦国時代にかけて活躍した武将で、山内上杉家の家宰を務めた。幼少で父を失い、叔父の後見を受けながら家督を継承。長享元年(1487年)、上杉氏の内紛「長享の乱」が勃発すると、家内の抗争に巻き込まれる。明応4年(1495年)、足利高基の元服儀に参加し、但馬守を受領。永正元年(1504年)の立河原の戦いで叔父が戦死し、ようやく当主として自立する。永正7年(1510年)、上杉家の内紛では上杉憲房を支援し、顕実の居城を攻略。画家としても知られ、自画像や山水図が残る。狩野正信との親交も伝えられている。











