系譜で辿る日本史

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上杉顕孝うえすぎあきたか

上杉顕孝

出羽国米沢藩の世嗣

氏族藤原北家勧修寺流
生没1776年 - 1794年
位階
官職
幕府職

江戸時代中期の出羽国米沢藩の世嗣として生まれ、天明2年(1782年)に養子となり、天明3年(1783年)には土佐藩主の娘と婚約。天明5年(1785年)に藩主嗣子となり、米沢城の三の丸に移る。父と同じく細井平洲を師範とし、家督相続を待たず寛政6年(1794年)に疱瘡で19歳で死去。父はその死を深く悲しみ、一首の歌を捧げた。顕孝の死後、斉定が養嗣子となり藩主に就任した。

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