系譜で辿る日本史

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明智光秀あけちみつひで

明智光秀

織田家重臣

氏族清和源氏頼光流美濃源氏
生没1516年 - 1582年
位階従五位下
官職 日向守
幕府職

明智光秀は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将で、出自には諸説がある。光秀は一時期、朝倉義景に仕え、後に足利義昭を経て織田信長に仕官した。元亀2年(1571年)、比叡山焼き討ちで功績を上げ、坂本城の城主となる。天正10年(1582年)、本能寺の変で信長を討ち取り、政権を転覆させる。しかし、その後、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れ、落ち延びる途中で命を落としたとされる。光秀の死後、その子孫は細川家などを通じて現代にまで続いている。

更新
主な祖先

源頼光

18親等祖先

土岐頼貞

9親等祖先

源経基

20親等祖先

源満仲

19親等祖先

源頼国

17親等祖先

明智光秀の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

細川宗孝

6親等子孫

増山正賢

8親等子孫

稲葉弘通

8親等子孫

細川治年

7親等子孫

勧修寺経逸

7親等子孫

白川資訓

10親等子孫

岩倉具定

10親等子孫

藤波教忠

11親等子孫