- メニュー -
家系図の見方
役職
歴代征夷大将軍
歴代鎌倉幕府執権
歴代室町幕府管領
氏長者
歴代藤氏長者
歴代源氏長者
家別
公家(堂上家一覧)
武家(守護大名)
武家(戦国大名)
武家(近世大名)
- 設定 -
忠元系水野家12代
肥前国唐津藩主から遠江国浜松藩主へ転封し、江戸幕府の老中として天保の改革を主導。文化13年(1816年)、奏者番となり、翌年に浜松藩への転封を自ら願い出る。天保12年(1841年)、第12代将軍・徳川家慶のもとで天保の改革を開始。享保・寛政の政治に復帰することを目指し、多くの法令を定めたが、物価政策の失敗や上知令への反発により改革は頓挫。改革の過激さから庶民の怨みを買い、弘化2年(1845年)に強制隠居、出羽国山形藩に転封される。嘉永4年(1851年)に死去。墓所は茨城県結城市にある。
於大の方
9親等祖先
木下弥右衛門
11親等祖先
二条尹房
九条道家
19親等祖先
九条道房
7親等祖先
織田信秀
10親等祖先
西園寺実兼
お亀の方
8親等祖先