系譜で辿る日本史

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水野忠邦みずのただくに

水野忠邦

忠元系水野家12代

氏族称・清和源氏満政流
生没1794年 - 1851年
位階従四位下
官職 侍従 越前守
幕府職江戸幕府老中 肥前唐津藩主 遠江浜松藩主

肥前国唐津藩主から遠江国浜松藩主へ転封し、江戸幕府の老中として天保の改革を主導。文化13年(1816年)、奏者番となり、翌年に浜松藩への転封を自ら願い出る。天保12年(1841年)、第12代将軍・徳川家慶のもとで天保の改革を開始。享保・寛政の政治に復帰することを目指し、多くの法令を定めたが、物価政策の失敗や上知令への反発により改革は頓挫。改革の過激さから庶民の怨みを買い、弘化2年(1845年)に強制隠居、出羽国山形藩に転封される。嘉永4年(1851年)に死去。墓所は茨城県結城市にある。

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九条道房

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