若狭小浜藩主・京極高次の正室として知られる常高院は、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した。幼少期に父・浅井長政の敗北により家族と共に困難な時期を過ごすが、後に豊臣秀吉の庇護を受け、京極高次と結婚。関ヶ原の戦いでは高次が大津城に籠城するなど、西軍を足止めした功績を認められた。夫の死後、常高院と号し剃髪。豊臣家と徳川家の間で和平に努め、大坂の陣では豊臣方の使者として活動した。寛永10年(1633年)に64歳で没し、若狭の常高寺に葬られる。彼女の生涯は、浅井三姉妹を主題とした作品で多く取り上げられている。






