系譜で辿る日本史

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豊臣鶴松とよとみつるまつ

豊臣鶴松

豊臣秀吉の子

氏族豊臣氏
生没1589年 - 1591年
位階
官職
幕府職

豊臣秀吉の長子として誕生し、幼名は棄と名付けられた。武運長久を祈るため八幡太郎とも呼ばれたが、後に鶴松に改名された。多くの祝賀を受けつつ成長し、秀吉の後継者と期待されたが、病弱であった。天正19年(1591年)、数え3歳で病に倒れ、父・秀吉の祈祷や治療にもかかわらず、8月5日に淀城で死去した。その後、鶴松の死を悼んだ秀吉は祥雲寺を建立した。鶴松の遺物は現在、妙心寺の隣華院に保存されている。

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主な祖先

藤原為隆

20親等祖先

三条実房

18親等祖先

吉田経房

18親等祖先

三条公教

19親等祖先

藤原経宗

19親等祖先

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