江戸時代前期の譜代大名である。慶長5年(1600年)に生まれ、徳川家康に仕えた。幼少時に家康に拝謁し、家督を継いでからは加増を重ね、最終的には1万5,600石の大名となる。寛永10年(1633年)には六人衆の一人に選ばれ、将軍・徳川家光の側近として活躍。寛永18年(1641年)には、武家系譜の編纂を主導し、『寛永諸家系図伝』を完成させ、将軍に献上した。隠居後は次男の資次が家督を継ぎ、延宝8年(1680年)に81歳で死去した。
主な祖先
太田資宗の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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