江戸時代前期の譜代大名である板倉重宗は、下総関宿藩の初代藩主であり、京都所司代を務めた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで徳川秀忠に従い、後に小姓組番頭として大坂の陣に参加。元和6年(1620年)、父の推挙で京都所司代に任命され、朝廷と幕府の間で重要な役割を果たした。寛永14年(1637年)の島原の乱では、九州諸大名に対しキリシタンの動向を監視するよう指示するなど、迅速な対応を行った。文化人との交流も活発で、本阿弥光悦や松永貞徳らと深い関係を築き、彼らの文化活動を支援した。明暦2年(1656年)、下総関宿5万石を与えられ藩主となるも、翌年に死去した。享年71。彼の子孫は、備中松山藩主として明治維新を迎えた。
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板倉重宗の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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