平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将で、鎌倉幕府の御家人として知られる。源頼朝の流人時代から側近として仕え、治承4年(1180年)には頼朝の挙兵に従い、関東武士の糾合に尽力。石橋山の戦い後には頼朝と共に安房国に逃れ、千葉常胤を味方につけた。元暦元年(1184年)頃から上野国の奉行人となり、奥州合戦にも従軍。頼朝の死後、出家し、正治元年(1199年)には源頼家の宿老として幕政に参画。生涯無位無官のまま翌年に66歳で死去。彼の屋敷跡は甘縄神明神社付近とされ、後に幕府の重要な合議に参加した。





















