豊前国の戦国大名である城井鎮房は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将。最初は大内義隆に仕えていたが、義隆の死後、大友義鎮に服属し、その妹を正室に迎えた。大友氏の勢力が衰退すると、島津義久に鞍替えするなど巧みな処世術を見せた。豊臣秀吉の九州征伐の際、病気と称し出陣しなかったため秀吉の不信を招いた。伊予国への移封命令に反発し、城井谷城を奪回。籠城戦で黒田長政の軍を撃退したが、最終的には降伏。しかし、黒田孝高の謀略により中津城で謀殺された。享年53。家族も多くが討たれたが、血脈は一部が生き延びた。










